日々の気づきのあれこれ。

早朝という時間の利用

早朝を利用しての勉強を始めて、気が付いたら5年が過ぎました。飽き性な自分が続けているのは、「知りたい」以外の何ものでもないです。

きっかけは、シヴァーナンダヨーガのTTCで、ヴェーダーンタの教えに、バガヴァッド ギーターが説明された事。理解できないながらも何か気なって知りたいと思ったのが今に繋がっています。

そして、インターネットで調べたり知人に聞いたりし、ヴェーダーンタを教えてくださる先生と出会えたことは、それまでの自分というものの捉え方の見方の勘違いを少しずつ気づかせてくれることとなり、まずヨーガという言葉が意味するもの、何の為なのかが教われるのは、モヤモヤしたヨーガの意味をはっきりとさせてくれた教えでした。それと同時に、こんな素晴らしい教えが、なぜ自分探しのようになっているのか混乱したように思います。

そこからは、オンラインクラスや、対面でのクラスにはできる限り参加していました。まさしく没頭です。

そして、早朝の時間を利用してのクラスは、バガヴァッド ギーターを伝統的な方法論で、丁寧に勘違いのないように教えてくださっていて、伝統的なその教え方は教われば教わるほど、大切であり、そこから外れてはいけないことも理解できますし、それは混乱して当たり前だなと理解できます。

ただ、最初は早朝という時間の勉強に慣れていませんでしたので、半分は睡魔(理解が伴っていなかったので)もありましたが、とにかく6時にはシャワーを浴びてパソコンの前に座ると決めて始めたので、続けていられるのは、その教えがやはり腑に落ちるものであり、考えをクリアーにしてくれるものだからです。

もちろん、最初からバガヴァッド ギーターはヴェーダーンタですが、理解していけるかというとそうではないです。だから学ぶのですが、早く理解したいの思いが先走り、理解できない自分にイライラしてたこともあったように思います。何を焦っていたんだろうと思うことも。50過ぎのおばさんの記憶力の低下を理由にしてみたり。すぐに理解出来たら、だれも混乱してませんよね。

ただ、理解できるできないはありますが、その教えに耳を傾けることを続けていくうちに、その時間がとても充実した時間であること、自分自身が落ち着いていることに気づかされます。そして、ひとつひとつの言葉は丁寧に扱われていて、言葉には意味があるので相手に対して貢献されるものであることも納得できます。

この機会を与えてくださる先生達がいらっしゃることは、それだけ学べるチャンスがあるということで、しかも日本語で丁寧に教えてくださることに恵まれてるのですから、ヨガに関係なく全ての方にチャンスがありますよね。

気づくことや成長、そして自分とは何か、根本的な勘違いに気づかせて、真実とそうでないもの、世の中の物の捉え方、自分という存在がどのように捉えられるべきかを知ることは、何も変わらない日常ですが、今までの価値観、見方が変化していくだけでこれからの毎日は違うものになりますよね。

少しずつですが、そのような学べる時間や場所、そしてそのような機会が浸透していけたら良いなと思います。

 

 

 

 

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